人は減り、そしてクマが増え
地方創生10年
クマ被害者の声
「人生、終わりだ」。北秋田市阿仁笑内の中嶋アサ子さん(81)は覚悟を決めた。2023年10月13日午前7時過ぎ。地面にうずくまる中嶋さんの背中に、ツキノワグマが迫っていた。
襲われた状況
その日、中嶋さんは日課のクリ拾いをしようと、自宅裏の林に向かっていた。歩いていると、30メートルほど先のクリの木にクマが登っていた。自分に向かってくる気配を感じ、その場にうずくまった。
程なくして、右耳の後ろに衝撃が走り、ナイフで切り裂かれたような痛みが広がった。首に巻いていたタオルを傷口に当て自宅に戻り、近くの住民に救急車を呼んでもらった。タオルからは血がしたたり落ち、上着の袖はみるみると真っ赤に染まった。
笑内集落の今
空き地増え、下草刈りも行き届かず
「笑内集落は自分が嫁いできた60年ほど前は30世帯以上あったが、今は15世帯くらいに減った。集落には空き家が増え、下草刈りなども行き届かなくなってきているように感じる」。中嶋さんは地域の実情をこう語る。
人口減エリアと
クマ出没地点
秋田県内を1キロメッシュごとに人口規模に応じて色分けした地図を作成。そこに今年のクマの出没地点を重ねると、人口1000人以下のエリア(薄い青→青→濃い青の順に人口が少ない)への出没が8割超を占めることが分かった。
人口が密集する秋田市などのエリアは赤くなり、
その周縁部は人口が少ないことを示す青色に
クマの出没地点(黄色)は青いメッシュと重なり合い、赤い人口密集エリアを取り囲む
秋田県庁でツキノワグマ対策に当たる
近藤麻実さん(39)
「われわれはクマに負けている」
「人が住まなくなった集落はそっくりクマや他の野生動物のすみかになる。まだ人がいるエリアでも里山とか農地とか隅っこの方から、人の手が入る場所が減ってきた。人口減少や暮らし方の変化が10年、20年と続いてきた結果が現在です。われわれはクマに負けている。今の時代に合った押し返し方や距離の取り方を模索しなければならない」
地方創生の10年
人が暮らすエリアが縮小を続け、その一方でクマの生息域が急拡大していった近年はまさに、「地方創生」の10年に重なる。
秋田県の人口は、いまや90万人割れ目前。毎年の減少数はこの10年、むしろ増加している。
「人口減少の克服と東京一極集中の是正」という「地方創生」の政策目標は、ただむなしいばかりだ。
政府が2014年に看板政策として「地方創生」を打ち出してから、ことしで10年。連載「『地方創生』 失われた10年とこれから」は、成果に乏しいまま続けられてきた政策の足取りを検証し、これから地方はどこへ向かえばいいのかを考えていく。
取材
相沢一浩、佐藤朋紀、斉藤賢太郎
撮影
石塚佳治、大久保瑠衣
WEB制作
喜田良直、佐藤未来、石塚誠